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2008年9月

少し古いけど、「執着心」――ザ・ニュースペーパー

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「新報道2001」に池田名誉会長は呼べるのか

nikkansports.com:フジ新報道番組「池田大作さん呼びたい」

 フジテレビ系報道番組「新報道2001」(10月5日スタート、日曜午前7時30分)の制作発表が27日、都内の同局で行われ、司会の須田哲夫アナウンサー(60)、フリーキャスターの吉田恵(32)、黒岩祐治解説委員(54)が出席した。須田アナは「いい世の中になるように提案できたらいい」。吉田キャスターは「見ている人が前向きになれる番組にしたい」。黒岩解説委員は「ゲストに池田大作さんを呼びたい。次の時代がどうなるかという時、何を考え、語るか、真正面から聞きたい」と抱負を語った。
 日曜日朝の報道番組の一つ、フジテレビの「報道2001」が明日の放送で終了して、10月から「新報道2001」になることが発表になっていましたが、その制作発表で興味深い発言が出ましたねぇ。

 現在の司会を務め、来月からは解説委員としての参加になる黒岩祐治さんの、「ゲストに池田大作さんを呼びたい。次の時代がどうなるかという時、何を考え、語るか、真正面から聞きたい」との抱負、個人的には実現して欲しいです。

 やはり、テレビに登場して、生の声を聞かせてくれれば、いろいろ見えてきますし、あらぬ誤解も取れようというもの。もちろん、負の部分も見える可能性もあります。でも、それも込みで、人間的魅力が見えてくるのではないでしょうか。

「戦後五十年の生き証人」が語る ただ、かつて『中央公論 1995年4月号』で池田名誉会長にインタビューをした田原総一朗さんも「サンデープロジェクト」に呼ぼうとしていたようですが、未だに実現していません。

 ぜひここは、「新報道2001」、そして「サンデープロジェクト」あたりに出演して欲しいなと思うのですが。

 想定されるのは、「各方面からオファーは来ているが、スケジュール的に難しい」という答えが返ってくるだけで出演ならず、ということですが、さて。

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壮年部の人が来た

 久しぶりに壮年部の人が来訪。

 選挙が近いということで、公明党のパンフレットを持参してきた。

 ただ、私の政治心情は知っているので、比例は公明にぜひというだけ。

 せっかくだったので、最近の情勢から、政権交代を望んでいることや、学会と公明党との関連など、問題ない部分はどんどん出すべきではないかという話をさせてもらった。

 このパンフをもらう以前から、なぜかポツポツと公明新聞も入っているので情報は知っているし、ニュースなどもチェックしているので、政策などは言われずとも分かっている。

 その上で私の主張は、「政権交代」なのだ。

 さらに話はぶっちゃけて、矢野元公明党委員長に対する対応なども、もっとやり方があるでしょうなどといった話もした。いくら正しいと思ってやっていても、世間からは誤解されるだけだと。私だって、見るのが嫌になると言わせてもらった。

 もしかすると、もっと上のほうからの指導などがあるのかもしれない。

 まあ、私は前からこういうことを話しているので、特にないかもしれないが。

 とりあえず選挙に関しては、政権交代を望んでいるが、民主党シンパではないので、どうするか分からない。ただ、壮年部の人には申し訳ないが、私が公明党に票を投じることは、ほぼないだろう。政策でいったら公明党もいいことを言っているが、自公に求められるのは、口先だけの話ではなく、実績だ。その中に、許せないものがあれば、投票できないのは当然の話だ。その上で自公に入れたいのならば、入れればいいというだけの話だ。小泉~安倍~福田~そして麻生と続いた政権で行われたことを検証し、じっくりと票を投じたい。

 公明党に限らず、頼まれた場合は、とりあえず「はい」と答えておけばいいと思う。仮に投票所に一緒に行ったとしても、真後ろから何を書いているかを覗かれることはないから、心配ない。私みたいに反論すると、いろいろ面倒くさい。今度、婦人部の人が訪ねてきたら「はい」と答えておこうかと思っている私だった。

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【@nifty投票】麻生内閣を支持しますか?

 昨日、衆院本会議の首相指名選挙で、第92代、59人目の首相に、自民党の麻生太郎総裁が選出されました。参院本会議では、第1回投票では過半数を取る候補がおらず、麻生太郎、小沢一郎による決選投票となって、民主党の小沢一郎代表が選出されました。ただ、最終的に衆院の決定が優先されるということで、麻生太郎首相が誕生したわけです。

 さて、昨夜誕生しました麻生内閣、あなたは支持しますか。


asahi.com:「麻生カラー」前面に 事実上の「選挙管理内閣」

 自民党の麻生太郎総裁(68)は24日、衆参両院による首相指名投票を経て第92代首相に選ばれ、自民、公明両党による連立政権を発足させた。中川財務・金融担当相、鳩山総務相、甘利行革担当相ら総裁選で首相を推した中核メンバーらを起用、「麻生カラー」を前面に押し出した。与党は10月初めにも衆院を解散する方向で準備を進めており、新内閣は事実上、「選挙管理内閣」となる。

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首相指名選挙始まる

 先ほど衆議院で首相指名選挙の投票が開始されました。

 正直、結果が分かっているだけに儀礼的な感じで、何の感情も起こりませんね。

 一応、ネットの衆議院インターネット審議中継から見ています(実際には、音を聞いてるだけです(苦笑))が。

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ひとりごと

 今日、自民党の総裁選があったため、テレビ朝日の午後の二時間サスペンス再放送枠は短縮され、15:55~16:53で「京都地検の女4(5)裏切られても…窃盗犯と暮す男の謎!!」(再)が放送されました。

 これは私が見逃していた話みたいでしたが……ラスト、何か別の人をふと思い出してしまったのはどうしてでしょうか。

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【@nifty投票】麻生総裁の自民党を支持しますか?

 皆さんは、麻生太郎総裁の元での自民党を支持しますか?

 麻生総裁ではありません。あくまでも自民党を支持するか否かです。



 大方の予想通り、351票という圧勝で、麻生太郎・自民党総裁が誕生しました。

 正直、この茶番劇が終わってもむなしくなるばかりです。

 もし、麻生太郎自民党総裁が誕生して、その元で、麻生氏が言うような改革ができるのならば、なぜ、いままでできなかったのかを逆に問いたいですよね。

 野党ができないのは仕方がないんです。

 政権党にいて、そしてその政権党がしっかりしているのならば、できなくてはいけないのでは?

 それができなかったのは、やはり自民党がダメになってるからにほかなりません。

 もう、有権者は騙されちゃいけないと思います。

 いま、麻生新総裁の挨拶を聞きましたが、その思いを新たにするばかりでした。

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茶番劇がまもなく終わる

 言葉もないですね。

 いま、テレビ東京でも映画を休止して特番を組んでいますが、投票前に麻生総裁誕生が決まってると見えて、しらけムードも漂っています。

 何だかなぁ……

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自民党総裁選のラジオCMが非常に不快

 今日も、例によって8:00~17:00までTBSラジオを聞いていたのだが、非常に不快になる瞬間があった。

 何度かスポット的に自民党総裁選のCMが流されたのだ。それも、ナレーションだけのものや、総裁候補の演説の一部が流されるものなど、いくつかバージョンがあるようだ。

 調べてみると、どうも他局でも流れているようだが、これはいくらなんでも酷すぎやしないか。

 自民党総裁選は、あくまでも一政党のトップを決めるだけの選挙に過ぎない。

 いまの衆院の勢力図だと、確かに自民党総裁=内閣総理大臣になる可能性が高い。

 しかし、あくまでもそれは結果論で、総裁選自体は自民党というコップの中の出来事で、大多数の国民は参加できない。

 それなのに、連日の総裁選の報道。それに加え、自民党は民放ラジオにもCMを打っている。CMもタダでは流れないから、それなりの予算が出ているだろう。

 しかもその内容が……ハッキリと覚えていないが、まるでこれからの日本の舵取りをするのは我々しかいないという感じを受けるものだった。

 総裁候補の中には、「○○×区から総裁選に立候補している△△です」といった宣伝カーが選挙区を走っているとも聞く。

 明らかな衆院選のための事前運動だろう。

 それを、そうと思わせないように総裁選というオブラードに包んでやっている。

 非常に聞いていて不快になるラジオCMだった。

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自民党総裁選の街頭演説にモノ申す

 自民党総裁選に出馬した総裁候補たちが、全国を行脚しています。

 それも街頭演説をしている。

 これ、何度考えても釈然としないのです。

 だって、総裁選の投票権は、聞いている聴衆には、ほぼ無いんですよ。

 しかも、これを毎日マスコミがたれ流す。

 これが、各地の会場で、自民党党員や議員の前でやってるのなら納得できるんです。

 そう思っていたら、さっきやっていたTBSラジオ『森本毅郎スタンバイ!』のトークパレット・スタンバイ世論調査で、自民党総裁選について尋ねていました。もう少ししたら「森本毅郎スタンバイ!:トークパレット金曜日」に結果が掲載されると思いますが、ほとんどが否定的でしたね。いいんじゃないかという中にも、一言チクリと入れたものも多かったですね。

 その、紹介された中に面白い意見がありました。

 正確には覚えていませんが、「学校の生徒会長選挙で、よその学校に演説に行きますか?」というもの。クラスの学級委員でも同じ。そんなことをしたら、笑われちゃいますよね。だって、関係ないんだもの。

 自民党総裁=日本国内閣総理大臣。

 確かに、現在はそうなるでしょう。しかし、次の選挙如何では分からない。

 あくまでも、自由民主党という一政党の代表を決めているだけなんです。

 別に、内閣総理大臣を決める選挙じゃないし、一般の国民にはまったく手が出せない。ただ見てるだけしかできない。

 これが衆院選だったらどうか。野党の演説も、平等に報じられるでしょう。

 しかしこれは自民党の総裁選です。やりたい放題ではないですか。しかもこれで、候補者の地元に行って演説をする。これって、事前運動じゃないの?という疑問が生まれても仕方がないですよね。

 これが自民党の正体です。もういいかげんにして欲しいと思いませんか。

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美人市議がDVDと写真集で水着に?!

藤川ゆりDVD love navi 八戸
SANSPO.COM:八戸市議・藤川ゆりさん、水着に!

 アイドルかと見間違う美人市議が、政治家としては異例の試みに挑戦。DVD「love navi八戸」(3990円)と写真集「moe navi八戸」(2000円)を同時発売する。

 自民系無所属の藤川市議の人気が爆発したのは1月末。彼女の議員活動を紹介した映像が地元テレビ局で放送されるや、ネット上で話題騒然に。顔を見たいという全国からの要望が公式HPにアクセスを殺到させた。

 それを耳にしたポニーキャニオンの土屋正樹プロデューサーが彼女に興味を持ち、八戸市議を16年務めた父が県議選に敗れた夜、父の支援者に土下座して自らの市議選出馬を表明し、トップ当選した経歴を知った。「容姿ばかりが注目されていましたが、ドラマチックな人生をヒューマンドキュメンタリーにしたいと思いました」と土屋氏。

(中略)

 市議は後日「八戸のプラスになるのであれば」と快諾し、自ら積極的に観光名所をリストアップ。5月に日本の渚百選のひとつ、大須賀海岸で胸の谷間を垣間見せた白の水着姿、8月には三社大祭で柔肌を見せた凛々しい和服姿で太鼓を叩くシーンなどを撮影した。

 「DVDをごらんいただき、写真集をガイドブックにして八戸に足をお運びいただけることを、お待ちしています」と藤川市議。発売されれば、話題沸騰となるのは確実で、今度は総選挙に出馬させるため、自民党の新総裁が八戸詣を行う?!


 美人市議がいる!ということで話題になった、藤川優里(藤川ゆり)八戸市議会議員。

 自民系無所属なんですねぇ。父親も八戸市議を16年務めたということで、典型的な二世議員ではありますが、公式サイトを見ると、いろいろ頑張っているみたいではありますね。

 今回の話も、最初は「国政に挑戦する意志はなく、この先も市議として活動したいので、八戸市民以外に自分をアピールすることに意味を見いだせない」として断っていたということなので、ぜひ、地域の政治活動に邁進して欲しいなと思いました。

 ポニーキャニオンのプロデューサー氏と雑談をする中で、地域への危機感を話す中、地域のアピールになるのならばということで、文字どおり「一肌脱いだ」感じでしょうか。

 彼女の中でも、「自分がどういう形で地域に貢献できるのか」を考えた時に、決断したのでしょうか。

 そもそもが、土屋プロデューサーが、「容姿ばかりが注目されていましたが、ドラマチックな人生をヒューマンドキュメンタリーにしたいと思いました」と語っているのも好感が持てますね。

 もちろん、売れなきゃ意味ないわけで、水着姿とかが目立つわけですが、それを見ていく中で、市議、政治家としての彼女が見えてきて、八戸という地域への関心が強まるならば、いいのですが。

 実に興味深い話ですが、この記事の最後――「発売されれば、話題沸騰となるのは確実で、今度は総選挙に出馬させるため、自民党の新総裁が八戸詣を行う?!」だけはいただけませんね。藤川市議には、その思い、言葉どおりに市議として、全うして欲しいなと願うばかりです。

 さて、肝心の商品ですが。まず、11月18日に写真集『藤川ゆり写真集 moe navi 八戸』(2008年、扶桑社、2,000円税込)が、翌11月19日にDVD『藤川ゆりDVD love navi 八戸』(2008年、ポニーキャニオン、3,990円税込)が発売される予定です。

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【@nifty投票】福田改造内閣を支持しますか?



 いまさらですが、アンケートを取りたいと思います。

 それは、福田康夫改造内閣を支持しますか?というものです。

 忘れてる人もいるかもしれないんですが、いまも、日本の内閣総理大臣、首相は福田康夫さんなんですよね。

 いま、何か有事が起きれば、福田康夫首相を軸にした現内閣が対処するわけです。

 残りもあとわずかですが、果たして、現在の内閣を支持できるのかどうか、聞いてみたいと思いました。

 奇しくも、ここに来て、国内外で様々な出来事が起きており、福田首相の手腕が問われるところだったはずなんですが……与党・自民党は、一般国民を無視した、総裁選のお祭り騒ぎ。連立パートナー・公明党も、さりげなく太田代表を無投票再選。まあ、これまでも、公明党の代表選で対抗馬が出てきた記憶はないのですが。

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分かりやすい政治解説「ブリーフィングジャパン」オープン

 本ブログでも取り上げました「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」を執筆された、辻雅之氏の政治解説サイト「ブリーフィングジャパン」が昨日オープンしたようです。

 「All About」から新しい舞台へと拠点を移した辻氏の、これからに注目したいと思います。

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【@nifty投票】総選挙後はどういう政権が好ましいと思いますか?



 何か、自民党総裁選という、「コップの中の嵐」が連日報道されています。しかもその実態は、総裁選の名を借りた、衆院選の事前運動に相違ありません。

 このせいもあってか、自民党の支持率も上がっているようですが、どうなんでしょうか。

 考えてみて下さい。

 なぜ、開会される予定だった国会が開かれずに、自民党の総裁選をやっているのか。

 また、いくら辞任を表明したといっても、現在、日本のトップ、内閣総理大臣は誰かといったら福田康夫さんではないですか。しかし、その顔は見えません。閣僚の問題発言も知らんぷり、メールマガジンも早々と終了してしまいました。

 いま、誰が次の自民党総裁になるのかなどと話題になっていますが、片腹痛いです。

 だって、今回、総裁選に出馬した人は、小泉政権、安倍政権、福田政権で何らかの立場で活躍した人じゃないですか。

 いま、問うべきは、自民党の新総裁ではありません。首をすげ替えただけなんですから。それで変わるくらいならとっくに変わってます。

 総選挙後はどういう政権が望ましいのか。現状維持なのか、政権交代なのか。その組み合わせはどうなのか。ガラガラポンの政界再編が起きるのか、否か。

 目の前のお祭り騒ぎに惑わされることなく、見ていきたいものです。

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自民党総裁選の“お祭り騒ぎ”に惑わされるな

 福田康夫首相が辞任表明したことで、早くも関心は、自民党総裁選へと移りました。

 しかも、小沢一郎代表の三選が、ほぼ確定された民主党代表選とぶつけることで、関心を一気に奪おうという戦法です。

 我々有権者は、こんなことに惑わされてはいけません。

 問題は自民党総裁ではありません。

 完全に疲労困憊したシステムそのものです。

 この癒着の構造を断ち切る一番いい薬は、政権交代、自公連立の下野にほかなりません。

 非自民連立政権が誕生して自民党が野党に転落したとき、自民党が数年間は野党暮らしをしていれば、まっとうな政党として生まれ変わることができたでしょうが、焦った自民党は、自社さ連立というカードを使って、早々と政権に復帰してしまいました。

 その結果、「二度と下野してなるものか」という思いばかりが強くなった政権政党として、現在いるわけです。

 ここは一つ、自民党に下野してもらわなければなりません。もちろん、公明党も一蓮托生です。現与党ですからね。

 さて我々は、自民党のメディアジャックに惑わされることなく、これらの状況を冷静に見たいものです。

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何がよくて、何がよくないのか。いま一度考えよう。

 創価学会は、異論もあるかもしれませんが、宗教団体です。

 そして、公明党は、創価学会が支援している政党です。

 創価学会および学会員が、公明党を支援し、応援することはまったく問題ありませんし、それをとやかく言われる筋合いはありません。

 ほかの宗教団体だって、政党や議員を支援しています。それらが問題ないのと、何ら変わりません。

 このことだけは、最初にはっきりさせておきます。

 そこで、この記事です。
MSN産経ニュース:「臨時国会でも矢野氏問題追及」野党議員有志

 民主党の菅直人代表代行や石井一最高顧問、社民、国民新党など野党の有志議員が2日、国会内で会合を開き、次期臨時国会でも引き続き、公明党と支持母体の創価学会の関係について取り上げていく方針を確認した。

 この日集まったのは「矢野絢也(元公明党委員長・政治評論家)さんより話を聞く会」の発起人メンバー6人。今後の活動方針として、参院予算委員会などで関係閣僚を追及するほか、矢野氏や創価学会幹部らを参院の予算委員会などに証人や参考人として招致することを目指すと確認した。

 また、今年6月の野党有志議員の勉強会で、矢野氏が公明党委員長在任時代の話として「学会の文化会館を選挙に利用したが対価は払わなかった」と語ったことから、学会の宗教施設が政治利用されているかどうかをチェックする「監視チーム」を設けることも申し合わせた。
時事ドットコム:創価学会の選挙運動調査へ=民主・菅氏

 民主党の菅直人代表代行は4日午後の記者会見で、「言論活動を妨害された」として創価学会などを提訴している矢野絢也元公明党委員長の国会招致問題に関連し、「矢野氏は学会施設を使って選挙活動が行われていたと証言している。そういう実態も調査し、不当と判断すれば何らかの対応をしなくてはいけない」と述べ、創価学会による選挙運動の実態を調査する考えを示した。(2008/09/04-20:41)
毎日jp(毎日新聞):臨時国会:民主、矢野氏招致で攻勢 公明揺さぶり、狙いは早期解散

 民主党は、臨時国会で公明党の支持母体・創価学会を提訴した元同党委員長の矢野絢也氏の参考人招致に乗り出す構えを強めている。公明党に強硬な姿勢を示すことで「衆院を解散して招致を回避」する方向に与党を誘導し、臨時国会冒頭などの早期解散に追い込む狙いがある。【小山由宇、田中成之】

 「(参考人招致での質問は)おれがやるから。あなたも質問したらいい」。民主党の小沢一郎代表は3日、矢野氏の問題追及に熱心な国民新党の亀井静香代表代行に、電話で意気込みを強調した。菅直人代表代行も4日の記者会見で「言論活動をやめるように(学会から)圧力がかかった」との矢野氏の主張を紹介し、「単なる一個人と団体の争いではない」と指摘した。

 矢野氏は今年5月、学会幹部に言論活動を妨害されたとして東京地裁に損害賠償請求訴訟を起こした。6月には菅、亀井両氏らの呼び掛けで矢野氏から訴訟の経緯を聞く会を開き、野党議員70人以上が出席した。公明党の太田昭宏代表は「(矢野氏と学会の)双方が提訴し合っており、司法の場で決着をつけるべきだ。『招致する』とは不見識も甚だしい」と反論している。

 矢野氏招致の日程について、民主党幹部は「補正予算案を審議する参院予算委員会の中で招致する」とのシナリオを明かす。参院予算委は民主党会派だけで過半数を占め、招致の決定が容易なためだ。同党の国対幹部は「公明党が矢野氏招致を避けたいなら、新首相に臨時国会冒頭での解散をさせるしかない」と、あからさまに揺さぶる姿勢を示す。

 補正予算を巡っては「与党が組んだ補正予算に賛成はできない」との国会戦略がある一方で、景気対策を求める世論をにらみ「政局的な思惑で反対しても理解を得られない」(中堅)との指摘がある。民主党が「臨時国会冒頭解散」に向けて矢野氏の問題で追及姿勢を強める背景には、補正予算審議で与党が用意した土俵に乗ることを避ける思惑もある。
 民主党をはじめとする野党が、実際にどれだけのことをするか分かりませんが、公明党も学会も、何らやましいところがないのならば、逆に積極的に出て、ハッキリさせればいいと思います。

 可能ならば、テレビで生中継でもすれば、よろしい。

 仮に野党や、矢野元委員長がどういう発言をしようとも、一般国民に理解されればいいじゃないですか。

 何を恐れているんですか。

 堂々とすればいいと思います。

 この中で問題があるとすれば、「学会の文化会館を選挙に利用したが対価は払わなかった」という矢野元委員長の発言でしょうか。

 私も、これは、問題だと思います。

 これが、普通の支援者の住宅であったとするならば、お金を支払えば別の意味で問題ですが、創価学会の施設を利用した場合は別です。つまり、宗教団体の施設ということで、非課税になっている施設なわけですから、それを宗教とは別個の政治活動に使うことは、どうでしょうか。少なくとも、政教分離を表明している以上、拙いでしょう。

 例えば、公明党として利用する場合には、一般的な施設利用料を、施設側(創価学会)に支払う。もしくは、こういった会館は政治活動にも使うものとして、課税対象にする。

 これは別に、創価学会に限らず、すべての宗教団体の施設にいえると思います。

 こういう妙な状況になるのを防ぐためには、やはり宗教法人法を見直して、課税範囲を決めるべきでしょうか。

 本当なら、公明党が自ら率先してこのような改正に動くことができるなら、もっと、一般的な理解も深まるし、アレルギーも消えていくかと思うんですが。

 さて、どうなりますか。

 今回、公明党が早期の解散を望んでいる理由として、こんな記事もありました。
YOMIURI ONLINE(読売新聞):公明都議、献金後融資口利き…元都議は相談役報酬100万円

 新銀行東京(東京都新宿区)からの融資を巡り、公明党の現職都議と元都議が2005~06年、都内の中小企業から献金を受けた後に融資の口利きをしたり、口利きした中小企業から相談役として報酬を受け取ったりしていたことが、読売新聞の調べでわかった。

 元都議の報酬総額は100万円を超える。両社は融資を受けた後に、事実上、経営が破たんしている。ブローカーの介在が判明した新銀行の融資で、政治家と企業との不透明な関係も新たに浮かび上がった。

 機械部品販売会社の社長は都議選前の05年6月、都議の選挙事務所開きの日に陣中見舞いとして現金10万円を献金した。資金繰りに窮していた社長はこの都議に新銀行への口利きを依頼し、翌7月、新宿支店長(当時)を紹介されたという。

 同社は、不動産を売却した03年度を除き赤字だったが、申し込みから約10日間で2000万円が融資された。社長は「短期間での融資実行は都議の力だと思った」と振り返る。

 社長はこの直後、お礼として、新宿区の飲食店で都議を接待(1人約1万5000円)した。融資から7か月後、同社は破たん、ほぼ全額が焦げ付いた。

 都議は「都の担当課に『相談に乗ってほしい』という電話はした」と口利きは認めたが、「『政治活動に有効に使ってください』と言われ献金を受け取った。融資仲介の対価とは思っていない。会食も見返りではない」と話した。

 この献金は、都議が都選管に提出した資金管理団体の政治資金収支報告書(05年分)に記載されている。

 一方、元都議は05年夏、ソフトウエア開発会社の社長の依頼を受け、一緒に新銀行の新宿支店(当時)に出向き、「将来性があるのでよろしく頼む」と融資を依頼。元都議は4回当選し、01年7月に引退していたが、自分が元都議であることは電話で事前に伝えていた。

 約1週間後、3000万円の申し込みに対し1400万円が融資された。元都議はその後、同社の相談役となり、06年1月から約10か月にわたり、月20万~10万円の報酬を受け取った。

 同社はその後、資金繰りが悪化し、社長は今年に入り、家財道具を残し自宅から姿を消した。

 元都議は「相談役として報酬をもらうことになっていたこともあり、有望な企業なので、できる限り協力した。道義的責任はあるかもしれないが、事業失敗は経営者の問題」と語った。

 中小企業向けの融資保証制度を巡り、口利きの見返りに違法な手数料を受け取った都議らが逮捕された事件を受け、都議会は00年12月、「疑惑が再発しないよう、襟を正す必要がある」と決議している。

 読売新聞が今年3月に行った都議アンケート調査では、自民党6人、民主党2人が新銀行融資の口利きを認めたが、公明は全員が回答しなかった。
 口利きなんてのは、公明党に限らず、過去からいっぱいあります。

 しかしそこに不明瞭な金銭の授受があると問題なわけです。

 そして忘れてはならないのは、都議会公明は、国政で自公連立ができるはるか前から、与党の位置を占めていることです。

 つまり、力が大きい。

 1961年の初当選から2005年の引退にいたるまで、40年余りに渡って、都議会公明の中心人物となった藤井富雄氏などは、国政にも太い人脈を持っていました。岩見隆夫氏『永田町のキーマンたち』(1996年、徳間文庫、640円税込)には、新進党の章の最後に、参議院と地方議会の公明党が吸収された「公明」初代代表としてインタビューが掲載されています(なお、同書には「政界の周辺」の章で、矢野絢也元公明党委員長、秋谷栄之助創価学会会長〈当時〉のインタビューも収録されています)。それくらい、重要な人物だったわけです。

 私も一度だけ、藤井富雄氏の語る会に参加したことがあります。正直、握手はしたものの、票は入れたくないなと思いました。完全に、自民党の重鎮くらいの存在感のある、実力者であることは分かりました。しかし、同時にそれは、当時の(現在も)私にとって、最も忌避する条件だったのです。実際、10年以上前の選挙なので誰に入れたか忘れてしまいましたが、藤井氏は避けたのだけは覚えています。

 それはともかくとして、都議会において公明党の力が大きいのは確かでしょう。従って、来春の都議選に集中したいという気持ちも分かります。ただ、私の印象としては、住民票の移動などしているようには思わないのですが。単純に、衆院選と都議選が重なった場合、両方をいっぺんにやるのは大変、ということだと思います。なにせ、都議会は重要な部分ですから。

 ちなみに、本日の聖教新聞4面の「破邪顕正」では「悪人のあがき」と題して、釈尊、日蓮大聖人が受けた法難が事実無根のデマだったことを紹介し、以下に続けています。
(前略)

 現代も、まったく同様。

 正義の学会に対する、嫉妬の中傷は、ことごとく根も葉も茎もない捏造デマ。裁判でも、何度も断罪されている。

 しかもデマの出所を突き詰めれば、いずれも品性下劣な脱会者。自分で勝手に醜悪な“金銭問題”“異性問題”を起こし、学会にいられなくなった敗け犬どもの遠吠えだ。

 米国の心理学者スコット・ペックは「邪悪な人間は(中略)自分の悪を世の中に投影する」(『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』草思社)と。

 下劣な悪事が頭を占める連中ほど、正義をデマで陥れようとあがくのだ。(楢木英明)
 確かに、創価学会・公明党にまつわる批判の中には、デマや、ためにするものが多いのは事実です。

 しかし中には問題がある場合もある。

 学会が、自らを正義とするのは当然です。どの宗教団体だってそうでしょう。「自分たちは間違っています」などというところは皆無のはずです。

 だからといって、法治国家にいる限り、やましいところがあってはいけないのです。

 最初に述べたように、学会が公明党を支援するのはまったく問題ありません。それは憲法で認められた権利でもあります。

 しかし、それを逸脱する行為がもしあるのだとしたら、それは改善すべきです。

 そして、問題ないのだとしたら、堂々と出ればいいと私は思うのです。

 とにかく、自民党の総裁戦後に招集されるであろう臨時国会で、何が行われるのか。しっかり監視したいと思います。

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御殿場事件、控訴棄却 東京高裁

 1年ほど前、「御殿場事件判決に思う」というエントリーを書きました。この不可解な裁判については気にはなっていましたが、日々に忙殺される中で、忘れてしまっていたことも事実です。

 そして最近、当ブログへアクセスする人の中に、「御殿場事件」をキーワードにする人が増えているのに気付きました。(上位は、最近のエントリーのせいか、創価学会・公明党関連でしたが)

 何かあったのかなと思って調べてみたら、9月4日に東京高裁の判断が下ったんですね。
asahi.com:御殿場集団強姦未遂、元少年の控訴を棄却 東京高裁

 静岡県御殿場市で01年9月、当時15歳の少女を集団で暴行しようとしたとして、強姦(ごうかん)未遂罪に問われた当時16歳だった元少年の被告(23)の控訴審判決で、東京高裁は4日、懲役2年6カ月執行猶予4年とした一審・静岡地裁沼津支部判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。被告側は即日上告した。  事件をめぐっては、少女が途中で被害日を変えて供述したため、捜査段階で犯行を認めた被告や共犯者と、少女の供述の信用性が争点となった。被告側は「事件とは無関係」として無罪を主張した。

 永井敏雄裁判長は、被告の供述に「取調官の誘導による影響が認められる」としたものの、「犯行の基本的内容に関する部分は十分信用できる」と指摘し、被告側の主張を退けた。

 被告は04年3月、静岡家裁沼津支部の少年審判で刑事裁判の無罪にあたる「不処分」となったが、検察側が抗告。東京高裁が差し戻しを命じ、起訴された。
 詳しいことは後日改めて書きたいと思いますが、ちょっと信じがたい気がしますね。

 これまでいろいろと明らかにされてきたことを鑑みれば、こんな判断できないような気もするのですが。

 私が知らないだけで、何か決定的なものでもあったのでしょうか。

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DVD版「小沢一郎総理(仮)への50の質問」発売

おちまさとプロデュース 小沢一郎総理(仮)への50の質問 7月31日、あの、おちまさとプロデューサーが小沢一郎・民主党代表に50の質問をしたものをまとめた『小沢一郎総理(仮)への50の質問』(2008年、扶桑社、880円税込)が発売されました。

 私はまだ見ていないのですが、何と、このDVD版が、明日、発売されます。

 おちまさと本人のブログでも「すごいタイミングの中、発売!」というエントリーが書かれましたが、まさか、福田首相が辞意表明をした直後ですからね。

 収録時間90分。1,980円税込です。Amazon.co.jpなど、ネット通販だと値引きされることが多いので、もう少し安く買えますかね。

 活字もいいかもしれないですけど、DVDになると、やはり映像で、動画でその受け答えが見られるので、よりハッキリ分かるかもしれません。

小沢一郎総理(仮)への50の質問

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「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」、再掲載へ

 「All About」に8月31日に掲載された「公明党・創価学会基礎知識2008」という記事が、9月1日には削除されていたということで、何があったのかという憶測が飛び、それを受けて本ブログでも、その内容を引用して、どこが問題なのか検証しようかと思っていました。

 しかし、「J-CASTニュース:All Aboutの創価学会記事 「不適切な可能性」と掲載見合わせ」によると、All About側は「確認作業前に誤った掲載されたもの」としており、何らかの圧力や配慮があったわけではないとしているようです。

 そして、確認後に対応するとしてありますが、現在確認しますと、追記された形で再掲載されています。

[追記/2008.09.03]
本記事は2008年8月31日に弊社確認作業が行われまいままに掲載されたため、9月1日に記事を非掲載にいたしました。弊社確認作業を終了し一部修正が完了いたしましたので、9月3日より再掲載しております。
All About 編集部

 中身の照合はしていませんので、どこか修正されているのか、それともそもままなのかは、後日改めて確認しようかなと思います。

 →All About[よくわかる政治]公明党・創価学会基礎知識2008



【09/05 04:10追記】
私はまだ検証してなかったのですが、ハヌマーンさんのブログで、修正個所など指摘されています。もしよかったら、ご参照下さい。→いまでも興味関心ソウカガッカイ | 修正された「公明党・創価学会基礎知識2008」

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たった1日で消されてしまった「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」・目次

 ブログのシステム上、最後のエントリーが最初に上がってしまってますので、目次的なものを。

 なお、作者本人のブログを見たのですが、「All About」のガイドを辞めるのは、8月11日の時点で決まっていたようで、必ずしもこの記事が原因ではないようです。

 ただ、それが削除される理由にはならないのは確かですが。

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たった1日で消されてしまった「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」(3)

 「たった1日で消されてしまった「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」(2) 」の続きです。3ページ目の【自公連立への道と創価学会】と、参考書籍・サイトを引用します。
●公明党の与党化

1970年代末から1980年代初頭にかけて、社会党を中心とする、あるいは公明党を軸とする連合政権構想が浮上するようになりました。しかし、それが実現することはありませんでした。

1992年、公明党と民社党は社会党が議員総辞職願いまで出して反対したPKO協力法を支持、自民党への接近を図ります。平和主義をうたっていた公明党がこれに協力したのは、当時の自民党が田中派の系譜を継ぐ竹下派であったからでしょうか(もっとも公明党がPKF(平和維持軍)参加に消極的だったため、2001年まで自衛隊のPKF参加はできないようになっていました)。

また1980年代から地方議会でも公明党が都市部を中心に勢力を広げ、地方政治与党の一員として存在感を増すようにもなっていきます。こうして公明党は連立政権は作らなかったものの、与党的な存在になっていったのです。

公明党の与党化は、1988年に2人の公明党国会議員が受託収賄罪で逮捕・起訴されたことにも現れています。与党的な位置にいるからこそ、このように収賄で逮捕される国会議員も出てしまったといえます。

もっともこの不祥事には創価学会・学会員もそうとう反発をしたようで、それが響いたのか、公明党の国会勢力は1989年の参院選では前回比1議席減、1990年の衆院選では11議席減となっています。

●公明党の連立参加と「新進党参加」

1993年、総選挙で自民党が過半数割れすると、公明党は非自民・非共産の連立政権である細川内閣に加わります。しかし、創価学会がこのあたりをどう考えていたか、詳しいことはわかりませんし、考える暇もなかったのかもしれません。それくらいこの連立政権は短期間で崩壊してしまいました。

その後、公明党は小沢一郎らが中心になって設立された新進党に「参加」します(1994年)。カギカッコ付きで述べたのは、公明党の地方議員と参議院議員の1995年選挙で改選されない議員たちが別に「公明」という政党を作り、新進党に参加しなかったからです。

結果、学会員ら旧公明党支持者は、旧公明党以外の新進党議員を熱心に支持しませんでした。そして旧公明党勢力も自民党と敵対することに躊躇(ちゅうちょ)をしていました。そのため結局「公明」の新進党への合流が不可能になり、新進党は解党しました。

その後、旧公明党の衆院議員は「新党平和」を、参院議員は「黎明クラブ」を経て「公明」に合流、やがて「新党平和」も合流し「新公明党」つまり現在の公明党が誕生することになります。

●新公明党の誕生と自公連立

新進党当時の公明勢力はバラバラになったこともあり、一部では路線対立や学会との距離などもできていたようですが、新しい公明党の誕生により学会との距離も元通りになり、両者の間で自民との連携が確認されたようです。

こうして小渕内閣(小渕首相も田中派を源流)のとき、公明党は自民党と本格的に連携、地域振興券の実現を成功させます。さらに自民・自由の連立政権に正式参加、自由党が連立離脱すると、(自由党の分派・保守党が2003年まで連立政権に参加していましたが)事実上の自公連立政権がスタートすることになります。

そんななかで小泉政権が発足。公明党は小泉ブームに乗りながら一方で社会保障などに力を入れ、特に年金改革ではその中心となり国民に政権担当能力を見せつけています。そして今日まで連立与党として8年以上の実績を積み上げてきました。

しかし、公明党としてさらなる勢力拡大という路線をとる気配はありません。あくまでも現状維持。二大政党化していくなかで、公称800万世帯を誇る創価学会を母体にして、政界のキャスティングボードを握ることに徹していこうとしているのでしょうか。

また先のページで述べた「地方:自民、都心:公明」という連携の図式も、大都市の地方出身者割合が減少していくことによって、徐々に変化せざるを得ないでしょう。そのようななか、とりあえずは新テロ対策特措法延長をめぐって、その衆院再可決による通過を「平和主義」の観点から渋る公明党の動きが注目されます。果たしてそれでも自公なのか、それとも離反なのか……。

●これからの創価学会と公明党

この間、創価学会会長だった池田は1979年、日蓮正宗との紛争の責任をとって辞任し、名誉会長に就任しています(2008年8月現在の会長は原田稔/日蓮正宗とはその後1990年に決別)。しかし、実際には今でも池田名誉会長が創価学会の最高実力者であることは、さまざまな学会系の雑誌・新聞などをみても明らかです。

「政教分離」をした今、創価学会は公明党のあくまで主要な支持母体の1つ。非学会員が公明党や公明党候補に投票することももちろんあります。言われているように学会、特に池田名誉会長の指示1つで党が動くのかどうか、実際のところそれはわかりません。

ただ言えることは、公明党にとって創価学会は頼みの綱、必要な存在だけれども、創価学会にとっての公明党はどうなのかということです。学会の壮年部長は読売新聞の取材に対して「公明党を基軸にしながらそれ以外でもいい議員さんは応援するという人物本位」ということを述べている(2006年4月29日号)ことは注目に値します。学会は公明党以外の政党とも手を組む可能性を模索しているのかもしれません。

公明党はこれからも創価学会の支持をいかにとりつけるか、個々の国会議員は学会員の支持をどのように得るかが課題となっていくのではないかというのがガイドの考えです。創価学会は公明党なしでもやっていけるが、公明党は創価学会なしにはやっていけないわけですから。

さて2008年で池田名誉会長は80歳を迎えました。彼に後継者はいないといわれています。長男の池田博正・創価学会副理事長がいますが、池田名誉会長や幹部は世襲に反対しているとも言われています。その一方で待望論もあるようですが……。

いずれにせよ現在の創価学会の組織力は一見「宗教官僚」ともいわれるほど強固なものとなっていますが、「その後」の創価学会は、そのままなのか、それとも急激に変化していくのでしょうか。その予想は非常に難解だといわざるをえません。

※人名について一部敬称略とさせていただきました。

●参考書籍・サイト

『創価学会』 島田裕巳 2004 新潮新書
『公明党VS.創価学会』 島田裕巳 2007 朝日新書
『創価学会解剖』 朝日新聞アエラ編集部 2000 朝日文庫
『戦後政治史 新版』 石川真澄 2004 岩波新書
『創価学会を斬る この日本をどうする』 藤原弘達 1969 日新報道

SOKAnet:創価学会公式ホームページ

読売新聞
 以上、なぜかたった1日で削除されてしまったばかりか、執筆者が「All About」を辞めてしまうという不可解なことが起きた記事を、あえて全文引用しました。なお、図表に関してはキャッシュで読めないものもあるため、あくまでも本文のみです。

 この件に関して思うことなどは、後日改めて書こうかなと思います。

 取り急ぎ、記録まで。

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たった1日で消されてしまった「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」(2)

 「たった1日で消されてしまった「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」(1) 」の続きです。2ページ目の【公明党の結党と田中派への接近】となります。
●社会的地位向上を狙った国政進出?

1955年からの高度経済成長は、学会員たちにもとうぜん恩恵をもたらしました。豊かになった彼らとしては、次に社会的地位がほしいと思うわけです。学会員の社会的地位の向上、それを示す手っ取り早い方法が「学会議員」を作ることだったのではないかとガイドは考えています。

折しも創価学会は特に左翼・革新勢力から「折伏(しゃくぶく)大行進」に対する非難を浴びていた時期でもあります。左翼・革新勢力が大きな力を持っていた時代、学会や学会員の社会的地位を向上させることは、そういう意味でも大きな目標だったのかもしれません。

いろいろ言われているように、戸田が国立戒壇、要するに僧侶に日蓮正宗の戒律を授ける場所を国に設けようとか、あるいは日蓮正宗の国教化とか、ここまでのことをどこまで「本気で」思っていたかどうかはわかりません(国立戒壇設置はしばらく主張するのですが)。

●公明党の誕生と池田会長の就任

しかし戸田は学会の政界進出がはじまった矢先に死去します。しかし、学会の政界進出はさらに続きます。1961年には公明政治連盟が設立され、さらに 1964年には公明党が結成されました。そして1967年の衆院総選挙で25議席を獲得して第4政党としての勢力を誇るまでにいたるのです。

この間、会長は池田大作に変わりました(1960年)。池田は、57年の参院選で公職選挙法違反にあたる戸別訪問をするように学会員に指示したとされ、逮捕されていますが、下された司法判断は無罪判決でした。

この一連の出来事、特に投獄→信念を曲げず無罪獲得、というストーリーによって彼のカリスマ性が高まったことは否定できません。そのためなのか、彼はかなりの若さで頭角を現わすことになったのです。池田の会長就任は実に32歳の時です。

そして公明党と学会はさらに勢いを増し、69年の総選挙では衆院の議席を47議席にまで増やし、さらには雑誌『潮』『第三文明』を立ち上げたり、「民音(民主音楽協会)」をつくってここを拠点に多数の芸能人を送りだしました。学校法人も作り、大学まで設立します。

こうして創価学会と公明党は、その社会的地位の向上という目標を十二分に実現するのでした。

●「言論弾圧事件」と自民への接近

しかし1969年、公明党は1つの岐路を迎えます。それは、明治大学教授(当時)・藤原弘達が書いた『創価学会を斬る』の刊行を、公明党が妨害しようとして、逆に藤原に暴露された、いわゆる「言論弾圧事件」です。

このとき活躍したのが、当時自民党の幹事長だった田中角栄です。このことは、その後のNHKの討論番組でも「よけいなおせっかいをしました」と事実上本当であることを認めています。

自民党は、1960年代を通じて絶対安定多数の議席を維持していましたが、実のところ得票率はゆるやかに低下していました(1960 年:41.9%→1969年:32.3%)。なかでも所得の高くない都市労働者・市民たちの支持獲得はうまくいっていませんでした。彼らは、公明党か共産党の強力な支持層でした(社会党の支持者は移ろいやすい「無党派層」のさきがけ的な人たちが多かったのです)。

さて、田中角栄は地方への「利益誘導」政治を形作った人です。つまり、農村を基盤とした地方に、中央から予算などをつけることによって、地方を豊かにしていく。地方はその見返りに、田中派などの自民党議員に票を集める。今でも批判されているこの図式を確立したのが田中です。

もともと、学会員たちの多くは地方出身なわけで、彼らの生まれ故郷を豊かにしてくれる自民党=田中派と、自身の都会での生活を豊かにしてくれる公明党とは結びつく存在になる。……こうして、いつのまにか田中派と公明党、学会の関係が補完関係になり、親密さを増していた。それを明らかにすることになったのも田中が介入した「言論弾圧事件」だったといえるでしょう。

また1972年には、竹入義勝・公明党委員長が首相となった田中の依頼を受けて訪中、田中訪中→日中国交正常化の地ならしを行っています。

●学会・公明党の「政教分離」

さて、「事件」でバッシングされた公明党と創価学会は、大きなショックを受けます。池田会長は「お詫び」をし、学会と公明党のいわゆる「政経分離」を宣言・実行しますが、それでも公明党は72年総選挙で議席を半数近くまで落とします。

もちろん公明党と創価学会は「国立戒壇設置」なる政策を降ろさざるを得なくなり、池田の政界入りも閉ざされ、池田と創価学会はこれ以降ひたすら、外部に対してはとにかく低姿勢で臨むようになります。実際、今日の池田大作という人は雑誌などを見る限りでは極めて穏やかな宗教家です。

また、どういうわけか創価学会はライバルであった共産党との結びつきを強めます。いわゆる「創共10年協定」というもので、これは公明党幹部にとっても実に寝耳に水の話でした。

学会・共産党は支持基盤を奪い合うライバルであったわけですが、戦時中のファシズムの中でともに弾圧され構成員が獄中にあったという共通する過去も持っていたわけです。これに目をつけたのが作家の松本清張で、彼は池田と宮本顕治・共産党委員長を引き合わせ、この学会・共産党の「同盟」を実現させたのでした。

もっとも、自民接近を行っていた公明党はこれに反発。ここに「政教分離」をし自立しようとする公明党の姿があります。しかし、結局は学会の意向を無視することができませんでした。公明党は学会なしには存在し得なかったからかもしれません。

また70年代は「革新の時代」といわれるほど革新勢力の力が強かった時代。公明党ではむしろ自分たちの軸足を「保守中道」から「革新中道」に移した方が得策、との考えが広がり、結局はこの協定を許すことになるのです。

結局、これで公明党はイメージ向上に成功したのか、76年総選挙で失った議席をとりもどします。反面、共産党には余り効果がなかったらしく議席を落としています。

結局、この共闘は公明党には効果があったものの、共産党には特に利がなく、結局公明党の顧問弁護士が宮本委員長宅を盗聴した事件があり、もともと共産党が早くからこの協定を反故にしようとしたこともあったため、この協定は終わりを告げます。以後は現在に至るまで、公明党と共産党は、逆に犬猿の仲になってしまっています。

最後のページでは、1990年代の公明党についてみていきましょう。
 引用、続きます。

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たった1日で消されてしまった「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」(1)

 私は個人的に「All About」をチェックしてなかったので、まったく気付きませんでした。

 「GIGAZINE」の、「「All About」の「公明党・創価学会基礎知識2008」記事が掲載後わずか1日で謎の消滅」という記事を見るまでは。

 キャッシュを見ましたが、よくできてるまとめだと思いますよ。

 ただ、公明党としては、創価学会とイコールだと思われかねないと感じたのでしょうか。

 この記事が上がったのが昨日、8月31日。

 それが9月1日には削除されて、さらに執筆者である辻雅之氏に至っては、8月末でAll About「よくわかる政治」を「卒業」したという。

 これ、明らかに不自然ですよね。

 創価学会、もしくは公明党なりの抗議があって、「All About」側が引っ込めた。それを受けて納得いかない辻氏は「All About」を辞めたということでしょうか。それとも、辞めさせられたか。

 普通はこういうことをしないんですが、本文だけ、全文引用したいと思います。

 キャッシュはいつ消えちゃうか分かりませんしね。
公明党・創価学会基礎知識2008
[記事掲載日/2008.8.31]

日本第3の政党であり自公連立政権を8年以上続けてきた公明党。そしてそれを支える創価学会。決してタブーではないはずなのに、この両者の歴史を語った本やサイトは少数。しかし有権者ならしっておくべき、必要最小限の知識をまとめてみました。

1ページ目 【創価学会の成立と発展】
2ページ目 【公明党の結党と田中派への接近】
3ページ目 【自公連立への道と創価学会】

●創価学会の成立と迫害

創価学会は、昭和初期に教育者であった牧口常三郎が「創価教育学会」として創設したものが母体になっています。つまり、創価学会は当初、教育団体だったわけで、なんだか宗教ぽくない名前になっているのは、そのためです。

しかし牧口はその後、日蓮宗のなかの一宗派・日蓮正宗(しょうしゅう)と出会い感化され、その後次第に組織の宗教化をすすめていきます(後述しますが、現在は日蓮正宗と創価学会の関係はありません)。

そして牧口は「創価学会」の初代会長として、宗教団体としての創価学会の活動をはじめるわけですが、戦時中はこうした新興宗教などは徹底的に弾圧された時期で、創価学会もその例外ではありませんでした。

戦時中の宗教弾圧は単に天皇制に背くものだけが対象ではありませんでした。むしろ天皇制原理主義のような宗教も危険視されていました。宗教ではありませんが、やはり日蓮宗信者で、極端な天皇主義(天皇の他は万人平等)などを唱えた北一輝は、「2・26事件」の精神的指導者として処刑されてしまうわけです。

いずれにせよ、政治の実験を握り社会をすみずみまで統制しようとする軍部にとって「新興宗教」は邪魔な存在以外の何者でもなく、強力な弾圧対象となったのでした。

このような世情のなか1943年に牧口ら学会幹部は逮捕・起訴され、牧口は翌年に獄死します。この弾圧が、結果的に[天皇制ファシズム・軍国主義反対→平和主義]という創価学会の主張を作ったと言っていいでしょう。このことは、今の創価学会・公明党を知るうえでも重要なことです(新テロ対策特措法再可決に消極的なところなど)。

●創価学会の発展

戦後、民主化にともない、創価学会は復活します。その会長となったのが、牧口とともに捕らえられていた、戦前学会のナンバー2、戸田城聖でした。そして、彼のもとで、学会は飛躍的に発展することになります。

戸田は敗戦後、学会組織の再建に努め1951年に2代会長に就任します。そのとき彼が呼び掛けたのが、「折伏(しゃくぶく)大行進」でした。

折伏というのはもともと日蓮宗の教義で、他宗派を攻撃し、人々を法華経に帰依させることをいいます。戸田は、まだまだ数百人しかいない学会を大きくするため、「75万世帯折伏」を実行するよう呼び掛けます。

とほうもないように見えた計画でしたが、戸田が1958年に死去したときにはすでに百万世帯が学会に入っていました。東京五輪の年には公称5百万世帯です。

強引で悪評もたった(その後、学会自身も公的に反省することになる)「折伏」の姿勢が、学会拡大の1つの要因ではあるでしょう。しかしもう1つの要因は、高度成長につれて起こった日本の人口構造の転換に求めることができます。

農村から若者たちが働くためにやってきて、都市が一気に過密化していったのが高度成長時代の、特に前半期の人口構造変化の特徴です。もっとも現代のように大学に入るために上京してくる若者たちと違って、就職のために上京してきた彼らには大学のような受け皿になるコミュニティがありません。

そんな彼らの孤独の中に入っていったのが創価学会と、もう1つは共産党でした。この両者が今でも都市を中心にした基盤を持っているのはこういった側面からも理解できます。いずれにせよ、こうして学会はそういった人々の「都市砂漠のなかのオアシス」となり、都会に流入していった人々をしっかり取り込んでいったのでした。

●学会の国政進出はじまる

こうして創価学会に多数の会員が集まると、会長の戸田はまず1955年の統一地方選挙に候補を擁立、選挙活動を始めます。これで一定の成果をあげると、翌年の参院選にも参戦、学会推薦議員を3名当選させます。59年の参院選では当選は倍の6名へと急進しました。

これが後の公明党になるわけですが、なぜ戸田は政治に活動の場をもとめたのでしょうか。1つの背景として、日蓮宗の開祖日蓮もまた、政治に対する主張をしていった、そういう歴史的なものがあるでしょう。しかし、いくつもある日蓮宗諸団体のなかで、国会議員を自力で擁立したのは創価学会だけです。

次のページで、創価学会がなぜ国政を目指したのか、そして公明党の結党など80年代までの学会・公明党を見ていきます。
 引用、続きます。

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福田首相、辞任表明

 いやはや、いやはや。

 この総理大臣は、どこの国の言葉を喋ってるんでしょうか。

 新しい布陣とは、政権交代にほかならないと思うんですが。

 このタイミングで辞任、ですか。

 何かと思いましたよ。

 最後、逆切れしてるし。

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